近年、医療用機器製造業界のM&Aが増えている。ここでは、医療用機器製造業界の市場動向やビジネスモデル、M&Aの買い手側によるデュー・ディリジェンスにおける注意点、企業価値評価(株価算定)で使う数値(マルチプルなど)について説明する。これらから、医療用機器製造業界においてM&Aを成功させるためのポイントについて考えてみよう。
M&Aを考える医療用機器製造業界の概要
医療用機器製造業界の市場環境
医療用機器製造業は、疾病の診断のための診断系機器(画像診断用装置、医療用放射線関連装置、各種検査装置など)や治療のための治療系機器(手術用機械器具、人工臓器など)およびそれらに組み込まれるソフトウェアを製造販売する事業者のことをいう。例えば、画像診断装置、医療用ディスポーザル製品、治療装置、人工臓器、ペースメーカー、患者監視装置、自動体外式除細動器などである。
医療用機器は多種多様であり、MRIから注射器までその種類・形態・技術が多岐にわたっているため、製造業者はそれぞれの分野で専門家されており、数多くの中小企業によって構成されている。
厚生労働省「医薬品・医療機器産業実態調査」によれば、医療機器の国内生産金額は2014年の1兆6千億円から2017年の1兆9千億円へ増加している。景気変動の影響をあまり受けないこと、国内の老人医療費は増大傾向にあることから、今後の医療用機器製造業の売上高は安定的に増加することが見込まれる。
医療用機器製造業界のビジネスモデル
医療用機器製造業のビジネスモデルは、医療用機器を開発、製造して、それを病院や大学へ直販するか、卸売業者へ販売するというものである。製造のみ専業となって下請けする製造業者もある。
新製品の開発には大学など研究機関との連携が必要となるため、医療用機器製造業者は大学の近辺に研究拠点を設けることが多いようである。
医療用機器製造業界M&Aで買い手候補となる企業
医療用機器製造業の事業承継を目的としたM&Aであっても、買い手候補は上場企業や大企業が中心になると考えられる。この業界では、以下のような上場企業が中心となって業界再編を進めていくことが想定される。
フクダ電子、ニプロ、日本光電工業、ジェイ・エム・エス、クリエートメディック、エア・ウォーター、ナカニシ、ホギメディカル、朝日インテック、川澄化学工業、エー・アンド・デイ、リオン、松風、マニー、大研医器、パルステック、メディキット、大正医科器械、日本ライフラインである。
なお、キャノンメディカルシステムズ、テルモ、旭化成メディカル、オムロンヘルスケアなどの大手企業も想定されるが、中小企業のM&A(買収)には関心を持っていないと考えられる。
医療用機器製造業界M&Aで売却する売り手のメリット
安定している大手企業にM&Aで医療用機器製造業を承継することで、従業員の雇用を維持し、事業のさらなる成長を実現することができる。また、得意先である病院などの医療機関や大学などの研究機関は、最新の医療用機器を継続して購入することもできることに加え、下請け製造業者などの仕入先との関係を継続することができる。
また、小規模事業者が単独では難しかった新製品、特にAIを活用した診断機器、IoTを活用したクラウドシステムの開発の推進よって、医療用機器の高度化を実現することができる。結果として生産性が向上すれば、従業員の給与水準をアップさせることができるだろう。
さらに、買い手企業が大企業であれば、研究開発投資の拡大、大量仕入れによる原材料費の引下げや、人材採用コスト、広告宣伝費、本社経費を削減し、M&Aによるシナジー効果を得ることができる。
以上のようなシナジー効果が期待され、買い手候補にとって魅力的な事業であれば、売り手側の経営者は、高い売却価格を実現することができ、引退した後のライフプランを充実したものとすることができる。
医療用機器製造業界M&Aで買収する買い手の注意点
医療用機器製造業の買収デュー・ディリジェンスにおける注意点
医療用機器製造業は、安全性と信頼性が最優先されるという特徴がある。
医薬品医療機器等法の規制に準拠して、安全性と信頼性を確保されているかどうか確かめることが必要である。製造業者は「医療機器の製造・品質管理の基準(QMS)、ISO13485:2003」に準拠して製造しなければいけないため、製造工程のハード、ソフトの両面から高度の品質管理が求められている。
医療用機器製造業の買収で承継すべき経営資源
製品開発力、製造技術力が基本となる経営資源である。また、新製品を開発するための情報を入手するため、大学など研究機関との取引や人間関係も重要な経営資源となる。
品質管理基準(GQP)と完全管理基準(BVP)に準拠していることを前提に、医療機器製造業の許可を承継しなければいけない。
無形資源は、事業承継によって喪失されることが多いため、医療用機器製造業のM&Aを行う場合は、技術・ノウハウ・許認可や人間関係の引継ぎに時間と労力をかけるなど、無形資産の承継を丁寧に行うことが重要だろう。
医療用機器製造業のM&Aで買収するときの企業価値評価(株価算定)
医療用機器製造業のM&Aにおける企業価値評価(株価算定)を行う際に活用することができる数値は、以下の通りとなっている。
まず、TKC経営指標(2018年度)によれば、医療用機器製造業の収益性について、売上高成長率は約10.8%である。また、粗利率は26.2%、営業利益率は5.7%となっている。生産性について、1人当たり売上高は1,424万円、1人当たり人件費は476万円となっている。
次に、2020年8月現在の開示情報および市場株価によれば、医療用機器製造業のマルチプル(倍率)について、PBR倍率は0.9~2.5倍、PER倍率は15~30倍、EBITDA/企業価値倍率は7~15倍となっている。
さらに、筆者が推計する株主資本コストは、安定した老舗企業であれば6%、急成長の新興企業であれば12%が妥当であると考える。これは、この類似上場企業のROICが7%前後であることを考慮しつつ、類似上場企業のベータ値が0.6~1.1であること、ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム(1950年代~2020年)が7%~9%であることを前提にして、小規模リスク・プレミアムを加算して推計している。
なお、類似上場企業比較法で採用すべき上場企業として、ニプロ(8086)、日本光電工業(6849)、JMS(7702)、クリエートメディック(5187)、ナカニシ(7716)、ホギメディカル(3593)、朝日インテック(7747)、川澄化学工業(7703)、エー・アンド・デイ(7745)、リオン(6823)、リオン(6823)、マニー(7730)、大研医器(7775)、松風(7979)、パルステック工業(6849)、メディキット(7749)、が挙げられる。