個人版事業承継税制は、青色申告を行っている個人事業主の後継者として経営承継円滑化法の認定を受けた方が、個人の事業用資産を贈与又は相続等により取得した場合、その事業用資産に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予・免除される制度です。この制度について解説いたします。
個人版事業承継税制は富裕層のための制度だ!
私見ですが、事業承継税制は、経営に苦しむ個人事業主や中小企業のための制度ではなく、お金が有り余る富裕層のための制度のようです。
「70歳を超える個人事業主は2025年までに約150万人!後継者不在で廃業する中小企業を防ぐ!事業承継税制が必要!」と叫ばれていますが、廃業の危機に瀕する個人事業主のほとんどは、個人財産の大きさが相続税の基礎控除を下回っており、税金の問題とは無関係です。つまり、個人版事業承継税制は、資産規模の小さな個人事業主に役に立つものではなく、資産規模の大きな富裕層を優遇するための政策だと考えられます。
地方の小売店や町工場の資産承継については、土地は小規模宅地等特例(特定事業用資産)の適用で相続税ゼロですし、建物も評価額も概ね1,000万円程度ですから、相続時精算課税を適用してこちらも相続税ゼロです。
また、什器備品、営業用車両の贈与行を行うケースはほとんど無く、後継者が曖昧に共有していれば、そのうち壊れて消えてしまいます。
中小零細の個人事業主が、贈与税・相続税の問題で廃業するケースなど皆無なのですが、富裕層の企業オーナーが節税手段に悩むケースは多いようです。それゆえ、この事業承継税制は、法人版も含めて、大規模な事業用資産(不動産)を所有する富裕層の方々が、相続税の節税手段として活用すべきものということになりそうです。
個人版事業承継税制とは何か?
事業承継税制には相続税の制度と贈与税の制度の両方が設けられていますが、事業承継を目的として適用すべきものは贈与税の制度です。
相続税の制度を適用するということは、先代経営者が死ぬまで事業用資産を手放さないということで、これは事業承継対策を何もしないということを意味しており、最悪のケースだからです。
これによれば、以下のように説明されています。
基本的に法人版事業承継税制と同じ手続きを行うことになるはずです。すなわち、今後5年間に特例承継計画を都道府県庁に提出し、10年間で贈与又は相続を行うという手続きです。
法人版事業承継税制の期限が令和9年12月31日まででしたが、個人版事業承継税制の期限が令和10年12月31日までとなっていますので、期限は1年ずれています。個人的見解ですが、法人版事業承継税制も期限到来時には、おそらく期限が延長されることでしょう。
特例承継計画の作成が必要
制度の適用期限と同様に、特例承継計画の提出期限も1年先になっています。特例承継計画は、補助金申請時に書くような「5年間の事業計画」を書くようになっています。
法人には顧問税理士が付いていて、事業計画の書き方を指導すると思われますが、個人事業主には顧問税理士が付いていない可能性があり、その場合、適切な事業計画を書くことができるのかどうかが問題となりそうです。東京都であれば事業承継促進事業で専門家を派遣してもらえますので、そのような専門家を活用すればよいでしょう。
土地400㎡・建物800㎡まで適用
「特定事業用資産」を贈与した場合の納税が猶予されることになります。この制度の対象となる資産の定義が問題となります。そこで、相続税の制度の注記を参照しますと、以下のように記載されていました。
「特定事業用資産」として制度の適用対象は以下の資産となりました。
・土地(面積400㎡まで)
・建物(床面積800㎡まで)
・機械設備や什器備品(償却資産税の対象、青色申告)
・車両(自動車税等の対象、青色申告)
決算書に計上している資産に限定
細かいですが、「貸借対照表に計上されているもの。」という要件がありますので、青色申告で貸借対照表を作成しているとしても、事業用資産を勝手に簿外処理していたり、未償却残高がゼロまで到達していたりすると、制度を適用できないということになります(簿価ゼロであれば、評価額ゼロで、贈与税ゼロとなり、そもそも制度の適用は不要ですが。)。
ちなみに、不動産賃貸業が除外されています。つまり、アパート・マンションの賃貸経営を行っている個人事業主は、適用対象とはならないということです。
この点、アパート・マンションの賃貸経営であっても親族外従業員を5人以上3年間雇用していると適用することができる法人版事業承継税制とは、適用範囲が異なっています(法人版事業承継税制の趣旨は従業員雇用の維持でした。)。
相続時精算課税制度
親族外であっても、相続時精算課税制度の適用を受けることができるとされています。
しかし、親族外の人に相続時精算課税制度を適用しますと、贈与者が死んだときの作成される相続税申告書が、親族外の受贈者に見られてしまうことになります。つまり、他人に個人情報である相続財産すべてを開示しなければなりません。これがボトルネックとなりそうです。
④贈与者の死亡時には、特定事業用資産(既に納付した猶予税額に対応する部分を除く。)をその贈与者から相続等により取得したものとみなし、贈与時の時価により他の相続財産と合算して相続税を計算する。その際、都道府県の確認を受けた場合には、相続税の納税猶予の適用を受けることができる。
(注)上記改正は、平成31年1月1日以後に相続等又は贈与により取得する財産に係る相続税又は贈与税について適用する。
贈与税の納税猶予制度から相続税の納税猶予制度への移行手続き、猶予取消しの要件などは法人版事業承継税制と同様です。
個人版事業承継税制と比較検討したい小規模宅地等の特例
なお、この制度創設に併せて、小規模宅地等特例の改正が行われています。
小規模宅地等について相続税の課税価格の計算の特例について、特定事業用宅地等の範囲から、相続開始前3年以内に事業の用に供された宅地等(当該宅地等の上で事業の用に供されている減価償却資産の価額が、当該宅地等の相続時の価額の15%以上である場合を除く。)を除外する。
(注)上記の改正は、令和1年4月1日以後に相続等により取得する財産に係る相続税について適用する。ただし、同日前から事業の用に供されている宅地等については、適用しない。
これは、特定事業用宅地に係る評価減(400㎡まで80%減額)を適用する場合、相続発生前3年以内に事業スタートしている人は対象にしないということを意味しています。
たとえば、90歳で死んだ被相続人が事業用の土地を所有してたとしても、その被相続人の事業開始が87歳(相続開始前3年以内)以降の場合は、特例が適用できないことになります。
常識的に考えて、87歳で創業・起業するような個人事業主がいるはずがないため、税理士等の指南に基づき3年以内に事業を開始させるという無理な節税手段を封じ込めるものかと推測されます。
ちなみに、貸付事業用宅地については、平成30年に改正されていました。すなわち、貸付事業用宅地等の範囲から、相続開始前3年以内に貸付事業の用に供された宅地等(相続開始前3年を超えて事業的規模で貸付事業を行っている者が当該貸付事業の用に供しているものを除く。)は、特例が適用できないものとされていました。
いずれにしても、逆に考えれば、相続発生前3年超の期間をおいて事業(普通の事業経営、不動産賃貸経営)を開始すれば、特例が適用できるということですから、実務の現場において大きな影響が出るものではないと考えられます。
相続発生前3年以内で新たに事業を開始したり、不動産賃貸を開始したりするケースは、「親が死にそうだから何とかしてくれ!」という状況です。これはもはや手遅れであるため、節税は潔くあきらめたほうがいいでしょう。相続税対策は早めに実行しましょう。