相続の準備をはじめよう!終活はここから!

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相続生前対策の必要性

欧米では、資産家の資産の保全およびリスク管理、資産承継のために、総合的な財務戦略が立案されることが一般的です。このような財務戦略のことを「エステート・プランニング」と呼んでいます。

日本には、このような財務戦略の考え方がありません。そのため、日本人のほとんどの資産家は、資産管理および承継について、効率の悪い運用を行うとともに、高い税金コストを負担してきました。

資産管理については、定期預金や10年物国債の利回りは1%程度と先進諸国では極めて低く、アベノミクスに期待して株式で運用しようとしても、株価は伸び悩んでいます。

日本に進出している外資系のプライベートバンクの営業マンは、日本市場には資産運用に目覚めていない富裕層が大勢いるといいます。欧米の富裕層と異なり、日本人は資産管理のためのコストをかけるという意識を持っていないのです。

一方、資産承継については、大増税時代を迎える現在、最高税率55%とフローに対して厳しい所得税・住民税の課税が行われた後、次世代に承継される資産に対しては最高税率55%の相続税が課税されます。

つまり、わが国は、世界一資産運用が難しく、世界一資産承継が難しい国といえます。

このような環境にあるからこそ、資産家には総合的な財務戦略が必要なのです。戦略なき資産運用および管理は、結果として、本来負担すべき以上の投資リスクを負担し、高い税金コストを支払うこととなります。大増税時代のわが国は、欧米以上に、個人の財務に関わる明確な戦略の立案が必要なのです。

欧米では、プライベートバンカーや、ファイナンシャル・プランナー、公認会計士が中心となり、資産家の財務戦略を立案し、長期に渡って戦略に沿った対策を講じ、資産のモニタリングを行っています。

財務戦略は、その立案よりも対策実行後のモニタリングが重要です。資産のモニタリングとは、資産価値を継続的に評価し、解決すべき課題をタイムリー指摘することをいいます。

欧米では、このような「エステート・プランニング」こそが、今後30年間拡大する新しいサービスとして注目を集めています。銀行や証券会社および生命保険会社などの金融機関、会計事務所、法律事務所が、この新しい相続マーケットにアプローチをしています。

欧米のエステート・プランニングが、わが国の「相続対策」と異なるのは、節税対策だけを考えるのではなく、資産運用、リスク管理を行うとともに、資産家に対する継続的な報告、モニタリングも含む包括的なサービスが提供されていることです。

わが国では、相続を通じた資産承継は、年間50兆円と予想され、今後約30年間、資産承継の時代が続くこととなります。しかし、わが国には資産家のために財務戦略を立案してくれる専門家の数は多くありません。エステート・プランニングとは、顧客にアドバイスできる専門家の育成が急務だと言えましょう。

家計貸借対照表の活用

日本の場合、戦後の高度成長期を経て資産を蓄積した富裕層が多く、資産家として何代にもわたって資産管理と承継に精通している一族は、欧米ほどには多くありません。

しかし、大増税・大相続時代において求められるものは、資産管理と承継を計画的に実行する財務戦略、すなわち、エステート・プランニングです。

エステート・プランニングは、資産家の多様なニーズを分析し、個々の資産家の目標を達成するための戦略を立案することから始まります。その具体的な手段として、金融資産運用、不動産管理、生命保険活用、税金対策を包括的かつ整合的に実行します。さらに、管理する資産のモニタリングを継続することによって計画と実績のギャップ分析を行いながら、目標達成を目指していくのです。

その際、資産家の財務戦略の実行のために、情報システムを活用することが効果的です。情報システムを活用することができれば、各資産の時価評価が可能となり、タイムリーに資産構成全体を見渡すことが可能となるでしょう。さらに、納税資金対策のためにどれだけの生命保険に加入する必要があるのか、投資リスクとリターンを変化させるためにどのように資産構成を変えるべきなのか、シミュレーションできることができれば理想的です。

【図 家計の資産管理の現状】

企業は、貸借対照表、損益計算書およびキャッシュ・フロー計算書を作成し、財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況を把握します。これは企業会計です。この点、資産家個人の家計について、このような財務報告は行われていません。しかし、会計の考え方が有効に機能するなのは、企業だけでなく個人の資産家においても同様のことでしょう。

わが国では、資産家個人や一族の財務内容を毎年把握し、親族内で開示しているようなケースはほとんど見られません。預貯金や金融商品は、複数の銀行や証券会社において分散して保有され、全体としての時価がどうなっているか、資産構成がどのような状況か、財務内容を把握している資産家はほとんどありません。結果として、個人資産の全体像を知る瞬間は、遺産分割協議書の作成や、相続税申告の財産明細書の作成を行う、「死ぬ瞬間」だけとなっています。死ぬまで何も見ていないのであれば、資産承継対策を立案することはできません。

資産承継対策を考える場合、個人資産の貸借対照表(家計貸借対照表)を作成することは不可欠です。これにより、所得計算だけで把握することができない財務上の問題点を明らかにすることができます。

【図 家計貸借対照表の例】(単位:万円)

【資産】 【負債】 
現預金8,415借入金4,500
国内株式・債券2,655未払一次相続税2,700
海外株式・債券825未払二次相続税1,700
投資信託1,325(負債合計)8,900
生命保険1,320  
不動産21,780【純資産】29,235
自社株式1,815  
資産合計38,135負債・純資産合計38,135

このような家計貸借対照表には、実態を適切に反映するために資産の時価評価を行うべきでしょう。もちろん、資産の時価評価において、金融資産、土地、自社株を定期的に時価評価することは、通常、相当の労力を要することです。しかし、それによって未払いの相続税額(負債)を認識することができ、資産承継対策の立案に役立てることができます。

時価評価について、金融資産については取引所の相場で評価することに異論はないでしょう。この点、不動産と自社株式については、二つの評価方法があります。換金価値を評価するのであれば、不動産については実勢価格(市場価格)で、自社株については公正価値(M&A株価)で評価することになります。しかし、その評価は容易ではなく、また、未払い相続税額との対応関係が見えなくなります。そこで、不動産と自社株式は、相続税評価を行うのです。これによって、未払い相続税額との対応関係が明確になります。

市場価格ではなく相続税評価だと言っても、評価額は定期的に値洗いする必要があります。すなわち、類似業種株価については「類似業種比準株価」が更新されるときに評価替えを行い、また、宅地に係る路線価については、年1回「路線価」が改定されるときに、評価替えを行う必要があるのです。

このように金融資産、不動産、自社株式を、タイムリーに時価評価し、家計貸借対照表によって資産全体を「見える」化することにより、最適な資産構成の向けての戦略立案、納税資金不足を解消するための対策を立案することが可能となるのです。

【図 家計貸借対照表の「見える」化】

家計貸借対照表を作成することができたならば、以下の分析を行います。

①相続税を支払うに足る十分な流動性は確保されているか
②借入金が無理なく返済可能であり、過大になっていないか
③リスク許容度の範囲内で資産の分散が図られ、必要な流動性が確保されているか
④相続における遺産分割が容易になる資産構成であるか

相続税の納付は、相続発生後10ヶ月以内です。すなわち、相続が発生すれば、未払い相続税額は10ヶ月以内に決済されなければなりません。それゆえ、家計貸借対照表上、負債に計上される未払い相続税額は、資産に計上される金融資産や生命保険などの流動資産よりも小さくなければなりません。換言すれば、流動比率は100%を超えている必要があるということです。

流動比率 = (金融資産+生命保険+退職慰労金)÷(未払相続税+1年以内返済借入金)

この点、流動比率が100%を超えていたとしても、遺産分割のやり方によって納税資金が不足する相続人がいないかどうか、事前に確認しておく必要があります。例えば、企業オーナー一族において、長男に自社株と事業用不動産を承継し、長女が金融資産を承継する場合、たとえ資産全体では流動比率100%超であっても、長男の相続税を納付するに足る金融資産を確保できないようなケースが発生します。すなわち、資産承継のための遺産分割対策と納税資金対策は同時に立案しなければならないということです。このような場合、未払い相続税額を明示しながら、その支払いが顕在化するまでに納税のための金融資産を承継させるか、課税価格を軽減して未払い相続税額を引下げる対策を行うべきなのです。

また、様々な種類の資産を保有している資産家であれば、残すべき資産の優先順位を決める必要があります。企業オーナーの場合、事業承継(経営承継)の優先順位が高くなるため、自社株式が残すべき資産として重要になるでしょう。地主であれば、先祖代々の土地を何があっても相続し続けなければならない一族もいるかもしれません。残すべき資産の優先順位が決まれば、相続税の納税において、優先順位の高い資産を残し、優先順位の低い資産を納税資金に充てることを考えます。残すべき資産が自社株式や不動産である場合、優先順位の低い金融資産や生命保険金を、相続税の納税資金に充当すればよいということです。

さらに、未払い相続税額の負担を軽減できるかどうか検討しなければなりません。わが国は、世界に類を見ないほど相続税負担が大きい国であるため、資産家が三世代続けて資産家であり続けることは非常に難しいと言われています。それゆえ、家計貸借対照表を用いてエステート・プランニングを行う場合、資産管理よりもむしろ負債管理(未払い相続税額の管理)、すなわち相続税対策が重要な問題となるのです。これが相続税のない諸外国の資産家の資産承継対策と根本的に異なるテーマです。

以上のように、資産承継対策を立案する場合、遺産分割対策、納税資金対策および相続税対策を同時に検討しなければなりません。このため、資産家個人の資産全体を俯瞰できる家計貸借対照表を作成する必要があるのです。

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この記事を書いた人

公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/行政書士/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。
一橋大学大学院修了。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント・コンサルティング部、みずほ証券投資銀行部門、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部門に在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継のアドバイスを行った。現在は税理士として相続税申告を行っている。

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